今週の書評「渡部昇一の読み方」(もののけ通信日曜版より)2004年7月11日 読書 コメント (2)
『歴史の読み方-明日を予見する日本史の法則』祥伝社 ISBN:4396101465 渡部 昇一 1979/03 ¥734
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私は始めに言っておくが、自由主義史観には大反対である。
そもそも歴史を自国民のものだけだと考え、勝手に改ざん、あるいは勝手な解釈を行うことに無理がある。地球上で起こった事柄は、まずは人類上の出来事として全人類の俎上に乗せられるべきものであるからだ。また、そもそも歴史を所有するという観念自体が不可解である。そんな観念を持ってしまうこと人々の根底にはナショナリズムの深い病巣が覗き見える。
この本も、かなり以前に書かれたものながら、自己愛的ナショナリズムがいたるところに見受けられる。つまりは俺様が居る国ってサイコー! だから俺もサイコー!ってことなんだろう。
どんな白痴かと目を疑ってしまう。
私ならこう思う。サイコーじゃなくって結構。国や自分自身が、どんなに糞だったとしても、オイラはそれとつきあっていく。以上だ。
たまたま、昨日、読んでいた『騎馬民族国家』について批判してあったので、良い機会だから、渡部昇一氏の主張を破壊しておこうと思ったわけだ。
まず、その批判している点は以下のとおりである。
(1)日本書紀、古事記に馬があまり出てこないから日本は騎馬民族国家じゃない。
(2)騎馬民族間で戦争をするような舞台が、伝説上の記述からすると登場していない。山あいの土地ばかりである。
(3)神武天皇が五穀豊穣を祝って始めたのが大嘗祭の起源であり、どうみたって農耕民族的儀礼である。
(4)日本人は土地に執着しすぎていて農耕民族的である。アメリカは騎馬民族的で実力主義だ。
それ以外はバカらしくなってくるので割愛する。
ここまで読んでみて、とりあえず江上氏の『騎馬民族国家』を読んだことがある人は、渡部氏の批判があまりにも的外れなことに気がつくであろう。
まず、古事記・日本書紀は後世に編纂されたもので、その頃までには国家の体制もかなり変化していただろうということ。
また、あくまでも征服王朝が騎馬民族だっただけで、戦争が騎馬戦で行われたわけではないこと。
そもそも神武天皇は架空の人物として、やはり後世に編纂上の目的を果たすべ設定させられた人物であること。
被征服民であった多数の現日本人は農耕民族だったこと。
…絶対に渡部氏は『騎馬民族国家』という本を読んでいない。
そもそもアメリカ人を「騎馬民族的」と呼ぶだけで、渡部氏が「騎馬民族国家」の定義を誤解していることが理解できるのである。いや、むしろ勝手な定義を与えて、自分の意見を主張しているだけなのであろう。それで名前を挙げて批判されては真面目な江上氏がかわいそうである。…和を重んじる日本人の性質はどうした、渡部氏?(笑)
とりあえず渡部氏は、現象の中から、自分の主張にとって都合の良い性質のみを取り出し、批判にかけ、そこから魔法のように自分の主張を導き出すのである。
たとえばミカンが嫌いな人が、ミカンが皮まで食べられないから無駄であり、サクランボに比べて劣る果物だと結論するかのような論法なのである。
とりあえず読むとムカムカするので、オススメはしません。
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私は始めに言っておくが、自由主義史観には大反対である。
そもそも歴史を自国民のものだけだと考え、勝手に改ざん、あるいは勝手な解釈を行うことに無理がある。地球上で起こった事柄は、まずは人類上の出来事として全人類の俎上に乗せられるべきものであるからだ。また、そもそも歴史を所有するという観念自体が不可解である。そんな観念を持ってしまうこと人々の根底にはナショナリズムの深い病巣が覗き見える。
この本も、かなり以前に書かれたものながら、自己愛的ナショナリズムがいたるところに見受けられる。つまりは俺様が居る国ってサイコー! だから俺もサイコー!ってことなんだろう。
どんな白痴かと目を疑ってしまう。
私ならこう思う。サイコーじゃなくって結構。国や自分自身が、どんなに糞だったとしても、オイラはそれとつきあっていく。以上だ。
たまたま、昨日、読んでいた『騎馬民族国家』について批判してあったので、良い機会だから、渡部昇一氏の主張を破壊しておこうと思ったわけだ。
まず、その批判している点は以下のとおりである。
(1)日本書紀、古事記に馬があまり出てこないから日本は騎馬民族国家じゃない。
(2)騎馬民族間で戦争をするような舞台が、伝説上の記述からすると登場していない。山あいの土地ばかりである。
(3)神武天皇が五穀豊穣を祝って始めたのが大嘗祭の起源であり、どうみたって農耕民族的儀礼である。
(4)日本人は土地に執着しすぎていて農耕民族的である。アメリカは騎馬民族的で実力主義だ。
それ以外はバカらしくなってくるので割愛する。
ここまで読んでみて、とりあえず江上氏の『騎馬民族国家』を読んだことがある人は、渡部氏の批判があまりにも的外れなことに気がつくであろう。
まず、古事記・日本書紀は後世に編纂されたもので、その頃までには国家の体制もかなり変化していただろうということ。
また、あくまでも征服王朝が騎馬民族だっただけで、戦争が騎馬戦で行われたわけではないこと。
そもそも神武天皇は架空の人物として、やはり後世に編纂上の目的を果たすべ設定させられた人物であること。
被征服民であった多数の現日本人は農耕民族だったこと。
…絶対に渡部氏は『騎馬民族国家』という本を読んでいない。
そもそもアメリカ人を「騎馬民族的」と呼ぶだけで、渡部氏が「騎馬民族国家」の定義を誤解していることが理解できるのである。いや、むしろ勝手な定義を与えて、自分の意見を主張しているだけなのであろう。それで名前を挙げて批判されては真面目な江上氏がかわいそうである。…和を重んじる日本人の性質はどうした、渡部氏?(笑)
とりあえず渡部氏は、現象の中から、自分の主張にとって都合の良い性質のみを取り出し、批判にかけ、そこから魔法のように自分の主張を導き出すのである。
たとえばミカンが嫌いな人が、ミカンが皮まで食べられないから無駄であり、サクランボに比べて劣る果物だと結論するかのような論法なのである。
とりあえず読むとムカムカするので、オススメはしません。
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コメント
話が早いと思います。
議論の勝敗は別にして、
あなたにどんな学問的素養があるのか知りませんが、
国際的な学問の世界で実績のある人に議論して
勝つためには、それに比肩し得る実績が必要でしょうね。
でないと誰も相手にしません。
人間、権威に弱いですから。
偉そうに批判するには根拠不足であり、評価としてはただの屁理屈。